2019年07月15日

川崎市総合教育センターと川崎学びの会との『第8回共催研修』についてのご案内 1次

  川崎市総合教育センターと川崎学びの会との共催研修について

(1) 日 時:2019年8月17日(土)9:00〜16:30

(2) 会 場:川崎市総合教育センター

(3) 内 容:
 午 前 分科会
 @小学校分科会:1〜2分科会(内容共々検討中)
 A中学校分科会:1分科会(検討中)
 B高校分科会:今年度は設置しません

 午 後 全体会
・ビデオ記録をもとにした参加者による授業の事例研究
・全大会の授業についての佐藤学先生によるコメント
・講 演
 『講師 学習院大学特任教授 佐藤 学 先生』

(4)申し込み方法 次のことを記載して当アドレス宛に申し込みしてください。
 ( SV馬場英顕 dwgpc186@ybb.ne.jp )

 @お名前
 A所属
 B連絡先電話番号かEメールアドレス(緊急の連絡の必要が生じた時に限って使用します)
 C参加を予定されている分科会、小学校または中学校分科会の区別
posted by 川崎学びの会 at 11:17| Comment(0) | 月例会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

報告します。第106回川崎学びの会

(※こちらの記事は、SV馬場英顕が6月24日に作成した記事となっております。ブログ更新が遅くなってしまったこと、お詫び申し上げます。)

 6月21日(金)に開催した「川崎学びの会」の報告です。ご依頼いただいている方にはその日使用したパワーポイントを添付(子どもの顔が特定できる写真はボカシをいれてあります)しましたので合わせてご覧ください。気が向いたらご意見をいただけると嬉しいです。
 ※こちらのブログには添付しておりません。ご了承ください。

 埼玉県のI小学校5年生の算数「円」の授業です。学びの共同体の実践研究に取り組み始めて2年目という学校、しかも授業者は着任して1年目の先生です。誰一人途中で投げ出すことなく追究し続けている姿にまず感動しました。
 授業は最初から男女混合4人のグループで進められ、半径133mの円の長さ(通常は円周の長さという言い方をしますが)を求めるという課題(前時の復習?)を解決したのに続いて「ジャンプの課題」に挑戦しました。期待する発言が出るたびに「今の発言についてグループで相談してみて」ともどしていました。教師が受けて先に進めるというようなことは決してありませんでした。大事な1か所をのぞいては・・・
 「つなぐ」「もどす」ことを苦手とする先生は少なくありません。本時はそこが違います。よく転任して1年に満たないのにタイミングよく行われているものだと感心させられました。一人に一台ずつ電卓が用意されていることも大事なところです。現実的な数値が設定されていて手計算では煩雑になることもありますが、電卓を利用することで計算に煩わされずに、考えることに集中できるようにされてるところにも感心させられました。
 ところがそのジャンプの課題に子どもたちを「混乱」させる要因が隠れていました。野球のダイヤモンドのホームベースを中心に、1塁方向と3塁方向にそれぞれ90m延長した地点を通る「円」の1/4と「半径」とも見える線分で構成されたコースを一周した時の距離を求めるという課題です。
 どういうわけか、大型ディスプレイで提示された図が歪んでいて「ホームベースを中心とする半径90mの円の1/4」には見えないのです。子どもたちの手元に配布された図は「ホームベースの位置を中心とする円の1/4」だったと授業後に聞いたのですが・・・
 子どもたちは迷いました。コンパスを使ってワークシートの図をなぞる子もいました。「図が(ディスプレイに表示されている)のと違う」というつぶやきも聞こえます。指名されて前に出た子は「円だと思うんだけど、中心がわかわからない」と言いました。それに対して「円じゃないから中心はない」という意見が出ました。「銀杏の葉みたいだから」と言った子もいます。黒板に掲示されている図を大コンパスでなぞって、ホームベースの位置を中心とする円ではないか」という発言を受けて長さを求めることにしました。
 コンピュータで作図されたと思われる図が歪んでいること、その図を授業者は「ホームベースの位置を中心とする円の1/4」だと思い込んでいたのではないかと思われます。そのために子どもたちの「つぶやき」や「円じゃないから中心はない」という発言、前に出て大コンパスで大まかになぞったのを見ても、子どもたちの迷いと困惑が届かなかったのではないかと思われます。
 しかし「ホームベースの位置を中心とする円の1/4」の長さを求める課題だとしたら、はたしてそれはジャンプの課題になるのかという疑問も残ります。ともかく、誰一人途中で諦めることなくねばり強く追究し続ける子どもたちの姿が印象的な授業です。そこに「子どもをリスペクトする」姿勢が加われば、子どもたちの迷い、困惑をきっかけに「根拠をもって考える経験」をするよい機会になっただろうにと惜しまれてなりません。

 文責  SV 馬場英顕
posted by 川崎学びの会 at 11:01| Comment(0) | 月例会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

道徳「チョコの行方」報告 第105回「川崎学びの会」

 (こちらの記事は、SV馬場英顕が6月18日に作成したものとなります。ブログ更新の手続きが遅くなってしまったこと、お詫び申し上げます。)

 5月31日(金)に開催した中1道徳「チョコの行方」についての105回川崎学びの会の報告です。
 ご依頼いただいている方への報告には当日のパワーポイントの資料(写真は割愛、あるいは顔が判別できない程度にボカシてあります)を添付してあります。
 道徳の教科化にともない道徳の授業を見る機会が増えています。ところが残念なことに、その多くが「教科書を教える」授業になっています。そこにも多忙が関係しているのでしょう。
 しかしどうもそれだけではなさそうです。
1. 小学校では教科書のそれぞれの資料の冒頭に掲げていある「内容」(徳目)、中学校では章末にある「視点」に沿って展開されている授業によく出会います。
2. これまでの道徳の授業で蓄積された道徳の授業はかくあるべきという「考え方」がそこに加わっているようです。

(1) 葛藤を通して「ねらい」に導く
(2)「わかっちゃいるけどやめられない」「わかっちゃいるけどできない」ことを自らやめる、あるいは自主的にしようとする気持ちを育てる
(3) コの字の座席で話し合う(なぜかグループ活動は設けない)

 そのために「深く考える」こととはかけ離れた道徳になっていることが少なくありません。今回の「川崎学びの会」での発言にもその影響が感じられました。
 今回取り上げた中学校1年「チョコの行方」を資料にした道徳は「資料」を教師が音読(思い入れたっぷりに音読)し、章末に掲げられた「視点」から入りました。ところが次の点で定石化した道徳の授業とは大きく異なっていました。少なくとも私はそう感じました。

1. 最初から男女4人が市松模様状に座る座席で進められたために、どの子もよく考え、つぶやきがいっぱい聞こえてきました。
2. 資料を要所要所で中断しながら読み進めていました。章末に掲げられた「視点」に沿って話し合いが始まったものの、後半で一人の子が「恋人(関係)は友情よりも大事だ」という主旨の発言に授業者が注目し「恋人は友だちよりも上なの?」と問い返したところから様相が大き
く変わりました。子どもの発言に含まれる意味を読み取り、臨機応変に焦点化することで深く考えることにつながったのではないでしょうか?

 このあたりから女子の発言が増え、しかも多彩な考えが登場しました。また、女子の方が深く考え、かなり突き放した考えを持っているように思われました。
 本時の道徳で私が最も学んだのは、道徳の「定石」を越え、子どもたちが深く考えたのではないかというところです。また、クラスに新たに転入してきた、日本語がまだ十分でない一人の女の子を支える子どもたちの姿にも感心させられました。

1. グループの男子の一人がずっと習い覚えたばかりのたどたどしい英語で支えていること
2. それぞれの子の脳裏に浮かんだことをメモしながら交流して考えを深めていけるように用意されたボードを常にその女の子が読みやすい向きに置いていたこと
3. 話題が込み入っていない初期の段階でその子が発言できるようにグループの子どもたちが配慮していたこと
4. その配慮が他のグループにも拡がり、初期やグループ活動直後は、苦手な子が発言するように子どもたちが配慮していたするようになっていたこと(これは後で聴いて知ったことですが)

 とはいえ、意見が羅列的で、いまひとつ深まらないところあるのが気になりました。意見がある子が予め起立して待っているという方法がとられていることがその背景にあるようです。途中で思いついて発言することももちろんありましたが、立って自分の考えを述べる機会が来るのを待っているというのではどうしても意見の羅列になるのは避けられません。「今の〇〇さんの言ったことについて□□さんはどう思う?あなたの考えを聞かせて」というように、子どもたちの考えを「つなぐ」ようにしていくことで、いっそう深く考えることができるようになるのではないでしょうか。
 この「つなぐ」ということが多くの先生の苦手とするところのようです。改めて「授業を批判することはた易いが、授業から学ぶことはとても難しい」ことなのだと感じました。それは「磨けば光る宝石の原石」を見つけることに例えることができるのかもしれません。

余談ですが、教科に関係なく、先生方には、この「つなぐ」ということがなかなか難しいことのようです。聴き合う関係をつくり、安心できる居心地のよい教室をつくる上でも、また深く考える学びを実現するためにも「つなぐ」ことが要だということができます。

 以上、大変遅くなりましたが、105回「川崎学びの会」の報告です。

 なお、参加者が固定化し、年齢も上がってきています。ぜひ「若い」先生方が参加しやすいように私たち自身の工夫が必要だと痛感しています。どうぞお知恵を貸してください。

 文責 SV 馬場英顕
posted by 川崎学びの会 at 10:54| Comment(0) | 月例会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする