2020年02月02日

充実した研究会になりました 113回川崎学びの会の報告

 初めて土曜日に川崎学びの会を開催してみました。
 ひさしぶりに20名近い参加者があり、とても充実した研究会になりました。この先も、時々土曜日開催をしたいと思います。ただ、土曜日は利用希望が多くて会場を押さえるのがむつかしいのが悩みです。

 113回の月例会で取り上げたのは横須賀市の中学校2年生の英語の授業です。There is/are〜を使った表現を学ぶ all English の授業です。教師になって2年目の先生とALTによるコラボが生きた授業です。最近はAll English の授業によく出会います。しかし、みんなが学びに参加しているall Englishの授業にはなかなか出会いません。この日の授業ではそこが違います。
 詳しくは、その日にコメントしたPPを(ご希望いただいている方には)添付しておきますのでごらんください。
(こちらのブログ記事には添付しておりません。ご了承ください。)

 終始、どの子も夢中で学び続けていました。
 それには理由があります。
 授業が始める前:ALTが前方の席に座っている子に話しかけました。声をかけられた子とその隣の子は、物おじすることなく「談笑」しています。
 もちろん英語で
 授業が始まった時のALTも印象的です。目にとまった子をファーストネームで呼びながら声をかけていきます。二番目に声をかけられた子はちょっと「元気」そうな子です。「ヘアースタイルを変えたね」「似合っているよ」と声をかけました。それもあって、その子は最後までよく学んでいました。
 11月という季節もあって、二人ともマスクをしていましたが、顔を判別できるのにも感心させられました。きけば、そのALTは全生徒の名前を憶えているのだとか。すごい!
 続いて、前の週にあった職業体験学習についてALTが子どもたちに話しかけました。学校にくるのと、仕事に行くのとどっちが好き?と挙手を求めました。定型的な挨拶で始まる授業とは違います。
 次に授業者が「英検3級に挑戦しよう」と家庭のリビングのイラストを見せ、それを見て there is/are〜や be going to〜を使って、グループ内で順に説明していきます。最初に発話する子はイラストにある一つのことを述べ、次の子は最初の子が言ったことを繰り返し、そこに自分が気づいたことを付け足していきます。4番目に回ってきた子はちょっと大変。3人が言ったことを繰り返してから、自分が気づいたことを言わなければならないからです。聴いて、覚えて、発話する。ボケてきた私にはなかなかむつかしいことです。
 後半は「漢字当て」の課題に取り組みました。子どもたちはさらに夢中になっていきます。ALTが注目した漢字を英語で説明し、それがどんな漢字のことをさしているのかを推定するのです。

 例題は
 There are three hints.
 There are five lines.
 There are three Horizontal lines.
 There are two vertical lines.
 答えは「正」という漢字。
・「大、犬、太」から説明されている漢字を選ぶ
・「国、因、固、困」の中から説明されている漢字を選ぶ
・「雨、雲、雷、電、震」の中から説明されている漢字を選ぶ
・最後は選択肢なしで漢字「玉」を推定する課題が課されました。
 その説明の中で繰り返し there is/are が使われます。子どもたちはそれぞれに聴き取れたことをもとに身を乗り出すようにして相談し、「なんて言ったの?」とたずね、聞き取れないことがあると 事前に確認した
 One more please.
 Can you say it again? という言い方でALTに再説明を催促しています。
「聴き合う関係」が育っていることがその過程を支えていることがよくわかります。逆にまた、この授業が「聴き合う関係」を育ててもいます。
 この教室には学びからそれそうな子もいます。ざっと見渡して5,6人はいそうです。それがこの教室では、支え合うことでみんな最後まで楽しそうに学んでいます。同じグループの子が、そっとワークシートに視線を送るだけで虚ろになっている子が学びに戻ってくるという場面もありました。学びの心地よい場が出来上がっていて安心できます。
 最後は、Tシャツにどの漢字をプリントすることを薦めるかを考え、Which kanji do you recommend to Bary?(BaryはALTの名前)と問いかけて漢字を選び、薦めるために英文でどう言えばよいのかを考え、ペアでやってみます。このとき「recommendって何?」というささやく声が聞こえました。この授業では、習っていない単語がいくつか登場しています。教科書に限定しないから経験できる学びです。
 参加者のリフレクションもとても充実していました。子どもたちの学びの姿がよく記録されているビデオが充実したリフレクションを支えてもいるんだなあと自画自賛。収録したのは私です。だって、だれも誉めてくれないだもん。
 参加者からは、最後には、子どもたちが想定した漢字を英語で説明し、ALTがその漢字を当てるという機会をつくってもいいんじゃないかという指摘もありました。なるほど。それもありですね。漢字を画数や「へん」と「つくり」など、漢字の形成からみる見方と、一つのパターンとしてとらえ、それを構成するパーツから説明する考え方の違いがさらにくっきり浮かぶかもしれません。

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 次回は2月13日(木)18:30〜 高津市民館第一会議室で開催します。取り上げるのは 小6国語「川とノリオ」を読む授業です。第18回「学びの共同体研究大会」の全大会で取り上げられた授業です。近々、そのテキストとプロトコル(会話記録)をお送りします。事前に読んでおいていただけると、充実したリフレクションができるのではないかと思います。
 なお「川とノリオ」は教育出版の教科書に掲載されています。また、先日学んだ新潟の呉井先生の小2国語「かさこじぞう」の授業を思いだしておいていただくとさらに深まるのではないかと思います。

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 文責 SV馬場英顕
posted by 川崎学びの会 at 11:07| Comment(0) | 月例会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月15日

中2英語の授業をもとに学びます。第113回川崎学びの会のご案内

明けましておめでとうございます。

 今月の川崎学びの会では 中2英語「there is/are〜を使った表現」の授業のビデオ記録をもとに学びあいます。

 All English による授業にどの子も実に楽しそうに、夢中で学んでいる姿に感動さえおぼえる授業です。

 それを生み出しているのは何か、どういう工夫があるのか、誰一人それることなく,どの子も夢中で学んでいるのはなぜか。そこも考えてみたいと思います。

1. 日 時 2020年1月18日(土)

18:30〜20:30

2. 場 所 川崎市高津市民館 第一会議室

    JR南武線「武蔵溝ノ口」駅

    東急田園都市線「溝の口」駅

     下車 徒歩数分 丸井の入っているビルの11階

3. 内 容 冒頭で紹介した中学校2年生の英語「there is/are〜を使った表現について学ぶ授業。

 英語科の先生とALTとの素敵なコラボのある授業です。

 ただ、先生方の研修用に限ったビデオ上映の許可が得られない場合は別の授業に切り替える可能性があることはご了解ください。現在当該校の校長先生にお願いしているところです。まずご承認いただけるものと思っておりますが念のため・・・

 おまけ・・・

 1月1日の新聞に「大日本印刷」の企業広告が出ていました。

 新幹線には以前から掲出されていた広告です。

 第1回オリンピックの陸上競技の100m走のスタートの場面の写真が使われています。

添付しておきますのでぜひごらんください。

写真には5人の選手が写っています。そのうち一人の選手が今でいう「クラウチングスタート」をしようと、両手を地面に着いています。他の4人はスタンディング スタイルです。

3年ほど前に横須賀の阿部先生から紹介されたのを思い出しました

その時には「へーっ」と感心したものの、あまり理解できていませんでした。間抜けですね、私も。

初めてクラウチングスタートが登場した時には奇異に思った人々や他の選手も、その結果(金メダル)を見てすぐに取り入れたのでしょう。今では常識になっています。

「協力して探究する学び」は、日本では今なお奇異な眼を向けられ、時には抵抗にあうことも少なくありません。陸上競技ほど結果が明確に出ない教育には甲論乙駁の面が避けられません。

でも、子どもたちはわかっています。「協力して探究する」学びは面白い、楽しいというのです。

海外のニュースやドキュメンタリーなどで、背景に教室の様子が映ることがあります。それを見ると、子供たちが黒板に向って整列する席で座っている光景はほとんどみません。そして、どうしたことか申し合わせたように男女混合の4人グループで学んでいます。

日本でも10年ほどもすれば「グループで協力しながら探究する」学びが普通の姿になっているはずです。そう願っています。それが実現しなければ「日本沈没」です。今でも「日本の教育は周回遅れ」と言われています。

「協同して探究する学び」は研究テーマではありません。それはふだんの学びの姿なのです。「協同して探究する学び」を「研究テーマ」ととらえ、ときどきのこと、あるいは「ハレの姿」に留めている限り、教室は変わりません。子どもたちの退屈は続きます。

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posted by 川崎学びの会 at 09:44| Comment(0) | 月例会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月11日

感動しました 小2国語「かさこじぞう」の授業 第111回「川崎学びの会」報告

感動しました。
小2国語「かさこじぞう」の授業に。
その感動を伝えたくて、今回はその後に私が学んだことも含めてまとめたパワーポイントを添付して勝手にみなさんに送りつけます。子どもたちの写真はボカシておきますが・・・。お手すきのときにでも目を通していただき、お考えを聞かせていただければ、私もまた学ことができます。ただ、サーバーの容量によっては、ボカシてあるとはいえ、15枚もの写真を含むパワポを添付したのでは拒否されるかもしれません。(たとえば、川崎市教育情報ネットワークの容量は2メガです。写真は数枚しか送れません)
 ※こちらのブログにはパワーポイントデータを掲載しておりません。ご了承ください。

 文学作品を読む授業では「たっぷり音読したい」とよく言われますが、ただ音読を増やすだけでは、いかに早く読むか、いかに流暢に読むかに関心が流れて、肝心の読みが雑になってしまうことも少なくありません。音読を増やすことが形式的になっているのです。立って音読し、読み終わった子から着席するという授業を見ることが少なくありませんが、それはまさに音読の形式化を誘う授業です。
 それに対して、この授業をみると、
なぜ音読が大切なのか
音読を重ねることでいかに読みが深まっていくのか
どのように音読をするのか
 ということが子どもたちの姿を通して具体的にわかります。
 この授業ではたっぷり、というか合計すると48分間の授業のうち、22〜23分間も音読しています。半分近い時間が音読に充てられているのです。
 音読のタイミングも内容も多彩です。重奏低音のように流れているのは、テキストの言葉に沿って読むという考えです。
 
 最初の音読の場面では「すごい声で読んでいるけど、お爺さんの気持ちになって読んでください」とたしなめました。すると音読の調子が一気に柔らかくなりました。
 「えー、かさはいらんかねェ」という場面では「そんなもん?」と問われ、子どもたちは声を張り上げます。勢いあまって「けれどもかさはうれません」と読んだとき、すかさず「『けれども』って書いてあるよ」とテキストの言葉に目を向けさせます。すると、音読の声が一変します。
 かさが売れないので帰ることにし「もちこももたんでかえれば、ばあさんはがっかりするじゃろうのう」とつぶやく場面で「おばあさんががっかりするだけじゃなくて、おばあさんががっかるするだろうと思って、おじいさんもがっかりしている」という意見が出ました。それを聞いた子どもたちの間から「アーッ」という声があがりました。「気がつかなかったけれど、いわれてみたらそうだ」と納得したのです。中には大きく手を打つ子もいます。

 圧巻なのは「おおとしのいち」の場面です。おおとしの市のにぎわいについて学んだあとに「どう?おおとしの市のにぎわいが聞こえてきた?」と問われると、子どもたちは目を閉じ、「聞こえてきた」とつぶやきます。その場面について、その日の学びの会の参加者から「素敵だなあ。こんな授業をしてみたい」というため息とも聞こえる声が出ました。

 最後に「ひもくれかけた」と「ひがくれかけて」とではどう違う?とたずねました。終了数分前の場面です。子どもたちはのりました。夢中で考えました。やがて「『も』だと日、太陽だけじゃない」という言葉が飛び出しました。それに対して「じゃ、太陽以外の何?」と問い返され、あれこれ考えているなかで「人!」とつぶやいた子がいました。すかさず「人って誰?」と問うと「おじいさん」「かさが売れなくでおじいさんの気持ちも暮れかけた」という意見が出て子どもたちは納得。子どもたちの満足げな表情が印象的です。

 この日は授業事例が素敵なだけでなく、月例会の参加者から飛び出す意見も素敵でした。

 「他の子の意見について考えるのは楽しい」という子どもたちがいい音読が読みの深まりにつながっている
 朗読劇ができそうな音読に仕上がっている
 テキストの内容や言葉にそって考え、音読している
 先生が「子どもたちの考えを聞きたい」と思っているのがよくわかる
 先生は(自分の)読みに導いていない。子どもの言葉に添うようにして読み進めている。
 先生が子どもたちをリスペクトしているのがよくわかる
 子どもたちは先生を頼りに学んでいる。(先生の読みに導くのではない。かといって、子ども任せでもない)そこが絶妙。
 「どう、大歳の市のにぎわい 聞こえてきた?」と問われて子どもたちが眼を閉じて「聞こえてきた」という場面に感動した。こんな授業を私もしてみたい(前掲)
 等々。

 でも、「この授業を一般的な研究会に出すと批判がいっぱい出てくる。『何も教えていない』というのです」と嘆く声もありました。どうしてなんでしょう。不思議です。「文学の授業はこうあるべき」という「理論ともいえない思い込み」が先に立ち、子どもたちの学ぶ姿をみて、その事実から語ることができていないのではないかと思います。理論がなくては「事実から考える」ことは十分にできません。かといって理論に現実を当てはめるのでは都合のよいことだけをみるということになりかねません。多くの研究会では後者が勝ち、そこに「理論」とはいえない「経験」が頑迷な「偏見」とさえいってよいような見方がはびこるのです。
 「理論」と「事実」の関係は難しいですねえ。

 この授業を川崎学びの会の月例会で取り上げたのは2回目です。1回目では見えなかったことが見えたのも私にとってはよい学びになりました。
 参加された先生方ほんとうにありがとうございました。

ついでに・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 いわゆる「説明文」「批評文」「評論文」を読む授業や「意見文」を書く授業にも最近はよく出会います。見るたびに、これでいいのかなあと思うことが少なくありません。形式化しているのです。その単元が来たから「説明文」を読む。その単元になったから「意見文」を書く。授業は単元ごとに細切れにされ、内容も貧弱で形式化しています。
 ではどうするか。
 一つの思いつきですが、「説明文」を読む単元と「意見文」を読む単元を合体してひとつのプロジェクト学習としてデザインしてみるというはどうでしょう。一つのテーマについて互いに異なる、中には対立する意見を含む複数の意見文を読んで、自分の意見を組み立てるという構想の学びです。批評文A、B、Cを読み、Aを批判し、Bに賛成する理由をまとめ、それらを踏まえた上で「自分の意見をまとめる」というのです。それは民主主義の基本につながる「作法」を学ぶ機会にもなります。
 ネットに蔓延する「意見」を見ればわかりますが、好みの意見、同調する意見だけ読み、異論にふれないという傾向はますます広がっています。ニッチに籠もり、匿名で他者を非難し、時に罵倒し、炎上する。ネット時代はデマも急速に広がります。そういうときに、自分が賛成できない意見にも目を通してきちんと批判し、賛成できる考えについても論拠を確かめ、それらを踏まえた上で自論を組み立てる。大事なことではないでしょうか?そうやって反対意見とも折り合いをつけていくことこそ重要なのではないでしょうか?
 それを、「説明文」を読む単元だから「説明文」を読み、「意見文」を書く単元だから「意見文」を書くというのでは、学びを貧弱にしてしまうのではないでしょうか?

  文責 SV 馬場英顕
posted by 川崎学びの会 at 06:34| Comment(0) | 月例会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする